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三光作戦の「光」とは?
  みなさん、こんにちは。
名古屋市の河村市長が南京虐殺事件の事実について、はっきりとした見解を示し、現在も歴史作りに余念のない中国のいら立ちを引き出していますが、今日は私も、それが中国発の洗脳であることをしっかりと示し、河村市長の援護射撃をしようと思います。

元刑事風情が歴史問題に口を出すな、と言われるかもしれませんが、私は元北京語通訳捜査官ですから、切り口は当然北京語です。
皆さんは、南京虐殺事件に関して、学校で「三光作戦」という言葉を聞いたことはありませんか?

「殺しつくし、焼きつくし、奪い尽くす」という三つの悪行を光にたとえた作戦名であるというような、脳みそを自宅に忘れて出勤してきたような教師の言うことを、鵜呑みにしてはいけません。

そもそもこの三光作戦の「光」とは、中国語なのです。

中国人は、食べることに関しては他国の追随を許さないほどのこだわりがあり、この「光」の意味も食から生まれているのです。
中国人は食べることが大好き。
苦しくなるまで食べつくすことが、ステイタスであり誇りであり楽しみでもあるのです。
皿の上の食べ物全部を食べつくし、おまけに皿までなめ尽くすと、皿が光る。
そうしたことから、「光(guang)」は「とことん●●しつくす」という意味になったのだそうです。

殺しつくし、焼きつくし、奪い尽くすという3つの悪行に「光」の文字を当てるのは、それが中国語だからです。

映画のタイトルは失念しましたが、私が中学生の時に見た日本の映画では、日本軍の将校が黒板に大きく「三光」と書いて「殺しつくし、焼きつくし、奪い尽くす、三光作戦を実施する!」
なんて宣言するシーンがありました。カラーの映画でしたよ。

今考えるとまさに歴史検証能力ゼロ、小学校の学芸会にも劣るシリアスおバカ映画でしたが、「やっぱり日本軍って殺しまくってたんだ・・・」と感じた私もバカでした。

「旧日本軍は本当に中国で 三光作戦を実行したのでしょうか?」 
という質問に対し、

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1214700817
こちらでは、三光作戦というのは中国側の言い方であるということを説明した上で、
「儘滅作戦」として日本が実施した作戦を出し、三光作戦は実在したと言っていますが、ではなぜこの日本国内において「儘滅作戦」という日本語がほとんど使われず、「三光作戦」と中国語で伝えられているのか?

それほどまでに中国側が日本に仕掛けた洗脳が徹底しているからである、と申し上げたい。

そもそも本当に「三光作戦」なるものを実施していたら、その後の南京の人口増加をどう説明するのか?
(・・・という疑問さえ当たり前すぎて、いまさら逆質問することすら恥ずかしい。)

牛肉でさえ検査し、抽出検査のうち一つでも狂牛病の要素があれば大騒ぎする日本人は、心の食べ物である歴史教育については全く検査しないどころか、送り込まれた自虐思想に疑問を感じず喜んで脳内に入れ、国民総ドM化が進行していたのです。

その結果、「三光」がなぜ「光」なのか、疑問を持つ人すらほとんどいない状態になり、南京狂言南京虐殺として定着してしまいました。

その証拠として中国側が提示する資料において、民間人の大量虐殺などすでに研究者の綿密な検証により完全に否定されています。

頭を柔らかくすれば、常識の中に疑問が生れ、たくさんの矛盾が見えてきます。
常識や当たり前を疑うセンスが、異常が日常となった今の日本には必要なのです。
南京虐殺の有無については、さらに論議を盛り上げ証拠の提示を求めるなどして、みんなで火をつけまくり大炎上させましょう。

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JUGEMテーマ:ニュース
author:坂東忠信, category:日本人の課題, 21:23
comments(12), -, - -
Comment
「三光」がなぜ「光」なのか気になっていました。
同じアジア人に対して日本人がそんなことをするなんて信じられないという気持ちでした。

反日かも知れないですけど、日本に訪れる中国人に対して親切にしてしまいます。
本当の日本を知ってほしいですね。

アメリカ人が撮影していた映像で、中国人の子供たちの前で日本人の首を切り落としているシーンを見ました。(首を切り落としたのは中国人です)
子供たちは切り落とされた頭をサッカーボールのように蹴って遊んでいました。

悲しいですね。子供たちにそんなことをさせるなんて。

死者に対して日本では考えられないことです。
日本人ならきちんと仮の墓を立てることでしょう。

他にも通州事件というのがありますね。
子供にはきちんと伝えたいと思います。

まみりん, 2012/03/16 8:48 AM
はじめまして。
警視庁を目指している者です。

記事とは違う内容で申し訳ないのですが、
警視庁について質問があります。
警視庁に入ってマイホームを購入する際は
都内でないとないとダメなのでしょうか?

不躾ですみませんが、お手隙の際にお願いいたします。
たまち, 2012/03/16 10:39 AM
坂東先生、前々回の記事の自分のコメント、早速の返信有り難うございました(^.^)(-.-)(__)
今回の記事も切れ味が鋭いですね(*^^*)
この三光作戦、7年前、読売テレビの『ウィークアップぷらす』なる番組で安倍晋三が「“三光”というのは日本語ではない」と断言しました。この時、最近橋下市長にボコボコにされたインチキ精神科医もその場にいましたが、安倍晋三に完黙。手前味噌になって申し訳ありませんが、自分のブログにもこの時の状況を書きました。

南京にしろ、遺棄化学弾にしろ、従軍慰安婦にしろ、朝鮮人強制連行にしろ、完全に嘘がバレているにも関わらず何故いまも強大な影響力をもつのか…?
どう考えても地上波TVと教育に原因があるとしか思えません!
最近、『“私”を生きる』という「日の丸君が代反対教師のドキュメンタリー映画」を見ました。日教組の思想的が偏っているのはまだしも、法令を無視しながら公務員の身分保証を恥ずかしげもなく求める姿には、怒りと共に空恐ろしくなってきます。日教組は先程上げた「日本の戦争犯罪」とやらを嬉々として教室で語ってる姿が眼に浮かんできますね(*_*)
で、どうにも分からないのが日教組、そして三光作戦や南京、従軍慰安婦を広める日本人は何を目的にしてこんな真似をやり続けるのでしょうか?
坂東先生が現役の警察官時代に戦った左翼過激派のように本気で共産主義革命を夢見ているのでしょうか。日本を罵倒すれば、何か富や権力が集まる仕組みがあるのでしょうか?
坂東先生、もしお心当たりがあるなら是非教えて下さいm(__)m
播磨真悟, 2012/03/16 12:57 PM
まみりんさん、ありがとうございます。
首でサッカー・・・
言葉が出ませんねそりゃ。

まあ、今でも似たようなことをやっていますね。
人体標本は自然死の遺体を使っているとの話でしたが、遺体加工工場に運ばれてきたのは、なぜか後ろ手に縛られた遺体。
動画に収められて、以前私もこちらで紹介したことがあります。

彼らの命に対する価値観は、日本のものとは全く違います。

そこのところをどうやったらまだこうした情報に接していない皆さんにお届けできるか、いつも考えています。
坂東忠信, 2012/03/16 6:23 PM
たまちさん、ありがとうございます。
警視庁では他県に自宅を構えても大丈夫ですよ。
ただ、東京までの通勤に許可される距離が決まっていますので、そこは警視庁のほうに聞いてみてください。

私はもうやめてしまいましたが、これからの若い皆さんが私の続きをやってくれると嬉しいですね。
ご健闘をお祈りします。
坂東忠信, 2012/03/16 6:25 PM
播磨真悟さん、ありがとうございます。
さすが安倍元総理、中国語であることに気が付いていたのですね。
普通はそんなこと知らないのが当たり前ですが、私たちはそういうことに疑問を持たずにこれまで来てしまったということに気がつけば、それが突破口となって真実の発信につながると思います。

左翼思想の世界市民については、「確信的政治犯罪者」と、「何となく左翼」と「洗脳された無関心層」に分かれているような気がしますね。

つまり、新しい世の中で権力者の一角を占めたいと考えるごく一部の人間と、非武装中立が本当に理想の世界を作ると信じているブレインフラワー症候群と、一般常識として日の丸君が代はもう古いと勘違いしている、脳に花も咲いておらず政治的信条のない被洗脳者です。

私は極左活動家の取り調べもしたことがありますが、普通に雑談する上においてはごく普通の人で、政治論争をしてみてもなんか天皇制抜きの右翼みたいでした(笑)。

むしろ日常会話からおかしいのはオウム信者でした。
世界観も話す単語も違うので会話が成り立たないのに真剣で、面白い(笑)

今の日本はそんないろんな人たちの力が拮抗して作られたバランスの上にあるのでしょう。
坂東忠信, 2012/03/16 6:36 PM
「三光作戦」という名称があたっとは知りませんでした。
ただ台湾で生活していてハゲ・坊主頭=光頭(クワントウ)と言うのを聞いたりしていたので、納得です。
そもそも、「殺しつくし、焼きつくし、奪い尽くす」という考え方が日本人では有り得ませんよね。特に「奪い尽くす」は大陸の民族独特のように思えます。当時の日本は国際社会に認められるために涙ぐましい努力をしていましたし。
あと、台湾の日本語世代の方にお話を伺うと、「南京の件は軍隊ではなく民間人に銃を持たせて攻撃させた中国側が卑怯だった。日本軍はそういった人たちを殺すしかなかったんだよ。30万なんてそんな大きな数でもなかった」と言っておられました。
こんな分かりきった事実を、一方的に日本人を悪者にして、自分たちの卑劣さ・人民を利用し殺されるように仕向けた中国に対して、日本が断固とした態度を取らないからどんどん話が膨れ上がり、収拾がつかなくなるのでしょうね。
実に腹立たしいです。
Alicia, 2012/03/18 4:22 AM
私の浅薄な知識ですが、確か「光」は元々人間に松明を背負わせた象形だったと聞いています。背中に火をつけて人を焼き殺すという意味から滅ぼすとか〜し尽くす言う意味が派生し、また松明の意味が光の意味に派生したのではなかったでしょうか。支那字には複雑な生成発展過程があり意味も多様です。

無論、坂東さんの大意に異論はありません。
普賢, 2012/03/18 11:11 PM
Aliciaさん、ありがとうございます。
南京狂言が虐殺伝説となったのは、性善説を疑わず外交にまで応用した上国家意識のなかった日本の責任でもあります。
正義の実現よりも利益の確保を行動理念とする国に対しては、その価値基準が違うことをまず考えて対処すべきですね。
日本の外交は残念ながらまだその段階にすら言っていないレベルです。
坂東忠信, 2012/03/19 6:24 PM
普賢さん、ありがとうございます。
皿が光る話は、私に北京語を教えてくれた台湾人大学講師に習いましたが、なるほどそう言われてみると松明背負わされて走っている人のようにも見えますね。
まあ、とことん殺しまくり奪いまくり焼きまくる民族ですから、日本人が明るく良い言葉ととらえていても、彼らにとっては違うのですね。
そういう脳回路の違いを知ることが、交流と対策の第一歩ですね。
坂東忠信, 2012/03/19 6:24 PM
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1214700817 より

儘滅作戦と言う名称で実際に実行してます。中国側はこれを「三光作戦」と呼びました。

なので「三光、というのは中国語だから、中国の捏造」と騒ぐバカがいますが、「ピカドンは日本語だから、原爆投下は捏造」とアメリカ人が

言うようなもんです。

さて、儘滅作戦ですが、主として華北で実施されています。
理由は、以下の通り。
国民党軍が抗戦する華中、華南では、一応戦線が形成されており、また国民党軍主力と日本軍第11軍(中国戦線で唯一の機動的な野戦軍)が対

峙していた主戦場であったのに対し、華北は国民党地方軍(閻錫山)と共産党軍が日本軍北支那方面軍(占領地の治安維持を主目的とした軍)

が入り乱れて対峙していました。

華北では明確な戦線が形成されず、また閻錫山軍が日本軍と勝手に休戦状態に入り、共産党軍を攻撃することもありました。
こんな感じで共産党軍は閻錫山軍と共同戦線を張らず、日本軍占領地内でのゲリラ戦術で戦っています。
ゲリラ戦術を維持するためには、活動地域内の住民の協力が不可欠です。

これに対抗するために日本軍は少数の部隊に分け、広い範囲に分散配置する作戦をとりますが、逆に補給の不便や憲兵などの監視が行き届かな

くなり、モラルが低下し、一部では中隊内で叛乱を起こしたとして処刑された下士官もいました。

この高度分散配置を行っていた日本軍に対し、1940年に共産軍が一大攻勢をかけます。いわゆる「百団大戦」であり、日本軍は大きな損害(特

に物的損害)を受けます。

これにショックを受けた日本軍は共産党軍を追い詰める目的で、協力していると思われる村を襲い住民を殺して村を焼き払う戦術を開始します

。これが「儘滅作戦」です。

この他、ウサギ狩りと称した中国人労務者の強制連行も行っています。

「私たちはかって日本軍国主義が行なった対華侵略戦争の時期に、軍人、憲兵、警察官、官吏、特務などとしてあなた方の祖国に押し渡り、あ

らゆる恥ずべき行為を重ねて、戦犯として拘禁、処刑を受けたものであります。私たちのうち、旧日本陸軍第五十九師団関係者は当時山東省に

侵入し、あなた方を犬ネコ同様に日本に強制拉致した直接の加害者でありました。そして私は、終戦持旧第五十九師団長として、その指揮をと

っていたのであります。私たちは、日本政府の命令と、みずからの醜悪な功名心によってウサギ狩り戦法と称する大規模な人狩り作戦を展開い

たしました。あなた方の大部分は、凶悪な銃剣の威嚇と耐えがたい屈辱のもとに、平和な野らから、街頭から、家庭から、泣き叫び、すがりつ

く家庭の方々と、なま木を裂くように引き離されて日本に送られました。そこには言語に絶する奴役、想像もできない虐待があなた方を待って

おりました。しかもあなた方は、その頑健であった肉体がやせ衰え、生命のともしびが消えようとする最後の一瞬まで侵略者に屈服することな

く、ついに万斛の恨みをのんで異境に果てられたのであります。一家の大黒柱を奪われたあなた方の遺家族は、家を焼かれ、飢えに追られ、疾

病に伏し、やがて一家離散や滅亡の悲惨な境遇に泣かねばなりませんでした。」

第五十九師団師団長・藤田茂・元中将の弔辞(1960/4/26中国人俘虜殉難者国民大慰霊祭(文京公会堂)にて)
アラジン, 2018/11/20 10:33 PM
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-12-03/ftp20081203faq12_01_0.html

2008年12月3日(水)「しんぶん赤旗」

日本軍がおこなった「三光作戦」とは?

 〈問い〉 「『三光』とは中国語なのだから、三光作戦など、そもそも存在しない」という人がいます。実際はどうだったのですか?(東京

・一読者)

 〈答え〉 戦前、中国への侵略戦争が長期持久戦に入ると、日本軍は華北において中国軍がおさえていた地域、とくに中国共産党が解放した

抗日根拠地に対して掃討作戦を実施しました。

 万里の長城の南北500キロ以上に「無人区」を設定、村を消滅させていったのです。そのあまりの残虐さから、中国では、これらを、焼光

(焼き尽くし)、殺光(殺し尽くし)、搶光(奪い尽くし)した「三光作戦」と名付け、呼んだのです。日本軍はこれを「燼滅(じんめつ)掃

討(燃えかすがなくなるまで徹底的に滅ぼす)作戦」と呼びました。日本軍の作戦名でないから、掃討作戦がなかったなどとは論外です。

 中国側は37〜45年の8年に7つの根拠地が受けた被害だけで「318万人が殺され、276万人が連れ去られ、1952万軒の家屋が焼

かれ、5745万トンの食料、631万頭の耕作用家畜、4800万頭の豚・羊…が失われた」(『日本侵略軍在中国的暴行』軍事科学院外国

軍事研究部編著)としています。

 作戦の実態は、被害を受けた中国の民衆や、元日本軍兵士のさまざまな証言があります。「侵略はなかった」という靖国派の人たちは、中国

の調査はもちろん、日本軍兵士の証言も「中国の戦犯収容所で洗脳されたもの」などといって多くを否定するので、ここでは、昭和天皇の末弟

・三笠宮崇仁(たかひと)の証言だけをあげます。

 三笠宮は「支那派遣軍総参謀に補せられ、南京の総司令部に赴任したときに、日本軍の残虐行為を知らされました」「ごくわずかしか例があげ

られませんが、それはまことに氷山の一角にすぎないものとお考え下さい」と前置きし、書いています。

 「ある青年将校―私の陸士時代の同期生だったからショックも強かったのです―から、兵隊の胆力を養成するには生きた捕虜を銃剣で突きさ

させるにかぎる、と聞きました。また、多数の中国人捕虜を貨車やトラックに積んで満州の広野に連行し、毒ガスの生体実験をしている映画も

見せられました。その実験に参加したある高級軍医は、かつて満州を調査するために国際連盟から派遣されたリットン卿(きょう)の一行に、

コレラ菌を付けた果物を出したが成功しなかった、と語っていました」(『古代オリエント史と私』学生社、84年6月刊)

 華北における掃討作戦は、南京大虐殺、七三一部隊、毒ガス使用とともに日本侵略軍の残虐さを象徴するものです。(喜)

〔2008・12・3(水)〕
アラジン, 2018/11/20 11:06 PM